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ミート矢澤のハンバーグはなぜうまいのか? [肉肉肉]

ミート矢澤のハンバーグを食べてきました。


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なぜ行列ができるのか。その理由を探るため、厨房に潜入。

国産黒毛和牛100%。しかもA5を使っています。


その肉をステーキ用にカットすると、あまりが出る。

それを厨房でミンチにします。

だから肉汁がたっぷりのハンバーグができるというわけです。


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連日行列だそうですが、狙い目はあるのか。

ランチだとラストオーダー直前の14時。

ディナータイムだと17時がいいそうです。


ミンチにしている様子、肉汁たっぷりのハンバーグを切る動画など

ミート矢澤をウレぴあ総研で取材しました。

ランチ前に見ると身体に毒かも。



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うどん県で昼と夜にうどんを喰らう [旅]

うどん県で昼と夜にうどんを食らいました。


一軒目は、以前、地元の方に案内してもらった上原屋本店。

栗林公園の目の前にある名店。

以前入ったときは昼食の時間帯だったので混んでいましたが、

今日は15時だったこともあり、ガラガラ。


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とにかく、汁が旨い。

街中でこれほど旨いうどん屋はなかなかありません。

ぜひ。



夜はカレーうどんで有名な鶴丸。

ここも以前、地元の人に教えてもいました。

東京だと、飲んだ〆はラーメン、だったりしますが、

うどん県民はカレーうどんが相場。


あっさりだけど、コクがある、ちょっと矛盾したカレーうどん。

なんとなくですが、カレーヌードルのような味わい。


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お目当てのカレーうどんが届く前に豆腐のおでんを食べるのがうどん県民の習性らしい。

味噌と辛子が入ったタレがかかっています。

これを食べながら、ビールを飲むのがうどん県民なんです。


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五回目の気仙沼。ラーメンも福よしの料理も旨かった [旅]

人生五回目の気仙沼でした。
初回は2008年。
港のうしろに山があったので、どこかに登れば港を見下ろせるのではないか。
そう思いレンタカーを走らせ、必死になって見晴らし台を探した。
あっちでもない。こっちでもない。
どこへ行けばいいのか、まったくわかりませんでした。
やっと高台へ行くことができました。
時刻は夕方。
目の前に広がる絶景に一目惚れ。
これが女だったら、家には帰らなかったかも。
こんなに美しい港町は初めてでした。
一目惚れした女はたくさんいたけど、風景は初めて。


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その夜、「福よし」で名物料理をご馳走になり、地酒を飲んだ。
縁もゆかりもない自分でしたが、気仙沼が大好きになった。

そして五回目の気仙沼。

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旨いラーメン。
旨い魚と出会うことができました。
福よしはやっぱり旨かった。
信頼できる居酒屋の店主と出会うことができました。


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もう少し復興がすすんでいるはずだ、と思っていたのだが。
相変わらず更地が多く、残念でした。


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「焼肉ここから町田店」の牛タンは立つのだ。 [肉肉肉]

あいつはいつも寝てばかり。
たまにはしゃっとしろと言われているヤツがいる。
牛たんである。
焼肉屋で見かける牛タンはいつも寝転んでいる。
数ミリにスライスされたので寝そべっているしかないのだが。
ところが、すくっと立つ牛タンと出会った。
「焼肉ここから町田店」の牛タンは立つのだ。
我が子が初めて立ったときのように驚いた。
牛タンは立つのである。


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「焼肉ここから」の「伝説盛り」には分厚い牛タンの他、
分厚いハラミ、分厚いヒレが盛られている。
もうほとんどステーキ。
本来鉄板で焼くべきところだが、スタッフが網で焼いてくれる。
ステーキハウスではないので、ナイフとフォークではなく、
スタッフがハサミで切り分けてくれる。
計約450gで4980円。
シェアしてもいいので、お値打ちといえるかもしれない。


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詳しくはウレぴあ総研をご覧ください。
http://ure.pia.co.jp/articles/-/113336

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『ライトニング』で取材した「中村ラジオ博物館」の、アメリカ製ラジオはかっけー [宣伝]

天の橋立までもうすぐな場所に福知山という街があります。
京都から丹後鉄道にゆられ、約3時間。
田園地帯に佇む「中村ラジオ博物館」に行ってきました。
中村邦夫さんが開設した個人博物館です。
その名の通り、ラジオで埋まっています。
国産の真空管ラジオもいい味わいでしたが、
ひと際輝いていたのが、アメリカ製の真空管ラジオでした。
デザインが秀逸。見たことのないデザインのラジオに惹かれました。



アトウォーターケントというメーカーのモデル(1928年製)。
ケースは鉄製。


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RCA(ラジオ・コーポレーション・オブ・アメリカ)の
 「ラジオラ24」('25年製)。収納するとトランクに変身。


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アドミラルの真空管ラジオ('48年製)。
ボタンを押すとダイヤルが飛び出し、スイッチが入ります。


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いちばん欲しいなあと思ったのが、これです。
RCAビクターのポータブルラジオ('53年製)。
上蓋の裏面に描かれた世界地図には等時帯も刻まれていました。
革張り。かっけー。これが部屋にあるだけで心が和みそうです。


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エイ出版社の雑誌『ライトニング11月号』で連載中の
「ポケットの中の博物館」で取材しました。
撮影/藤田修平

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4000円で黒毛和牛の焼肉食べ放題 [肉肉肉]

基本的にバイキングは嫌いである。
安かろう、マズかろうではないかと、疑っているからである。
なかにはきちんとしたバイキングもあるのかもしれないが、
ハズレだった経験もあり、いつしかバイキングを避けるようになった。
思い起こせば中学生の頃、肉のバイキングに入ったのが運の尽き。
あまりいい思い出がない。

そんなわけで、この仕事をするようになり、食い放題の店に入った経験は皆無。
そんなバイキング嫌いな自分が、焼肉食べ放題の店に入ってしまった。
選んだ店は「たなか畜産東十条店」。
4000円で焼肉食べ放題ができるというのである。

昔、入ったバイキングの焼肉店には、壁際に肉だの、野菜だの、
おまけにデザートまでがどかどかと並んでいた。
そのイメージがあったので、たなか畜産東十条店に入った瞬間、
まずは肉が並んでいる冷蔵庫を思わず探しました。
どんな肉を食べようかなあって。
ところが、この店は肉が並んでいない焼肉食べ放題の店でした。

焼肉食べ放題の店で肉が並んでいないって、どういうこと?
ひょっとして食べ放題ではなかった?

じつは、注文毎に肉を切ってくれる焼肉食べ放題の店でした。
しかも出てくる肉は、黒毛和牛のA5ランク。

本日のおすすめを食べ終えてから、食べ放題がスタートします。


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メニューの中から食べたい肉を注文。


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散々食べた後、〆も用意されていました。
カレーです。A5の肉をふんだんに使ったカレー。
ときにカレーではなく、牛丼の日もあるそうです。
長年牛丼を食べてきたけど、この店で使う肉はA5。

詳しくはウレぴあ総研をご覧ください。
http://ure.pia.co.jp/subcategory/%E9%A3%9F%E5%93%81

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牛肉よりも豚肉よりもヒツジが好き。石田めん羊牧場のサウスダウンは旨かった [旅]

可愛いは旨い。

不謹慎極まりないかもしれないが、こと羊に関してはまさに可愛い羊は旨い。
おそらくこれまで食べてきた羊はサフォークだったはずだ。
サウスダウンという品種を飼っている石田めん羊牧場で取材した。
場所は北海道足寄(あしょろ)。


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サウスダウン。
顔も毛むくじゃらで、お尻がプリプリでとにかく可愛い。
以前、長野でサフォークを飼っている人から、
「放牧して青草を食べさせると臭くなる」
という話を聞いた。


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ところが、石田めん羊牧場の石田さんは放牧し、青草も平気で食べさせていた。
一般的にラム(月齢12か月未満)が旨いと信じられている。
あるいはホゲット(月齢12か月から24か月)もおいしいと言われている。
方や、マトンは食えたものではないというのが、一般的な常識だ。

石田さん曰く。
「食糧難の時代、関税なしのマトンが大量に入ってきました。

肉用種ではない、肉が付いていない羊毛種が、マトンとして、まだチルドではない時代、

冷凍でぐるぐる巻きにされて入ってきた。そりゃ旨くないはずです」
うちのマトンを食べたら、これまで思われてきた常識がくつがえると石田さんは言い放った。
これまで最高齢は13歳のマトンを出荷したことがあるが、「とても旨かった」というのだ。

ただ、そんなに旨いマトンはなかなか出荷しないし、できない。
なので運がよければマトンにありつけることができる。

石田めん羊牧場直営のヒツジ堂で、羊料理を食らった。

トリッパ。ヒツジの内臓を食べる機会はまずない。


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羊のグリルも旨し。


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石田めん羊牧場では、羊乳を搾っている。
羊乳。まず飲む機会がないはずだ。
貴重な羊乳を少し試飲させてもらった。
生クリームのように濃厚で、とにかく甘い。
石田めん羊牧場の羊乳で作ったチーズも取材した。


エイ出版社の料理雑誌『ボオーノ8月号』で連載中の「職人レストラン」をご覧ください。


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やまつ辻田の粉山椒はモニカ・ベルッチのようにグラマー [日本料理]

「あんなもん」
「別に」

というのが、これまで自分の粉山椒に対する評価だった。
ウナギを買えばとりあえずついてくるし、担々麺を出す店に行けば、それなりに粉山椒がおいてある。
とりあえずかけて食べればいい。

おそらく、中島と同じように、大半の人が粉山椒にことを「別に」と思ってきたはずである。
ネットで香りを伝えられないのが残念でしかたがないが、

「あんなもん」でも「別に」ではない粉山椒を体験してしまった。
今年の3月だったか、デパートの催事で「やまつ辻田」の辻田さんが粉山椒を売っているブースに近づいた瞬間、

辻田さんのまわりに〈粉山椒の香りの壁〉ができていた。
粉山椒の香りがむんむんしていたのだ。
色も鮮やかで、奥深いグリーン。
ウナギを買うと付いてくるシロモノとは、モニカ・ベルッチとその骸骨ぐらい差があった。

モニカ・ベルッチのようなグラマスな粉山椒をどう使うのか。
ウナギや担々麺にしか使ったことがなかったが、辻田さんは親子丼にかけても旨いという。


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あるいは、粉山椒3に対し、塩を1を加えて塩粉山椒を作る。
これを鶏の唐揚げにかける。


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もしくはフライドポテトにふる。


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もうひとつ。
粉山椒を配合した七味唐辛子がこれまた。
香りよし、奥深い味が素晴らしい。
これをすき焼きを食べる際、溶き卵にドバドバと入れて肉を食らう。
すき焼きの〆に、溶き卵にご飯を入れて食べても旨かった。


エイ出版社の料理雑誌『ボオーノ8月号』でやまつ辻田の粉山椒を取材した。
モニカ・ベルッチのようなグラマスな香りを含む粉山椒をぜひ体感すべきだと思う。

大阪に「居酒屋ながほり」という名店がある。
「野菜の甘酢あんかけ」がこの店の十八番なのだが、仕上げにやまつ辻田の粉山椒をかける。
今回、この料理のレシピをご主人の中村さんに伝授してもらった。


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「あんなもの」
「別に」どうでもよくない粉山椒があることを知らなかった自分は不幸だった。
素直にそう思う。

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『ポケットの中の博物館』の記事をFunmee!!で読んでいただけることになりました [Funmee!!]

中央のドデカイのは、いったい何だ?
アラジンの魔法のラップでもなければ、銅鍋でもない。
ウイスキーを醸造するためのポットスチル。
これはかつて大分県日田市にあったニッカウヰスキーの工場で使われていたもので、
マッサンこと、竹鶴政孝が2基作ったポットスチルのうちの1基だ。

高嶋甲子郎さんは、ニッカウヰスキーのお宝を、日田工場長を拝み倒し、入手した。

亭主がこんなものを持ってかえってきたら、女房の逆鱗に触れるに違いない。
拙宅の女房なら、ひと月は口をきいてくれないはずだ。断言できる。
「あんた、そんなガラクタ、どうすんの?」

そこへいくと高嶋さんの奥さんは、できた人らしく、
旦那の遊びにはいっさい口を出さなかった(らしい)。
いまから10年前になるかなあ、高嶋さんに初めて会った時、
体育館のような自社工場の隅に、このポットスチルが転がっていた。

「ナカシマさん、いつかポットスチルを展示する博物館を作ります、
待っててくださいね」
そんな大ぼらを吐いていたものだ。
(できわけないじゃん)
正直そう思っていたのだが、高嶋さんは洋酒博物館を日田市に設立した。
バーが隣接しているので、グラス片手に博物館を見学できる、粋なミュージアムだ。


えい出版社の雑誌『ライトニング』で好評(?)連載中の
「ポケットの中の博物館」を、
『Funmee!!』というサイトで読んでいただけることになりました。もちろん無料。
どうしても払いたい人はスイス銀行の口座にお願いします。
https://funmee.jp/


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てれふぉん博物館を『ライトニング9月号』で取材しました [宣伝]

『ライトニング9月号』の
「ポケットの中の博物館」で電話コレクターを取材しました。
てれふぉん博物館(ミュージアム)の館内は、電話で埋まっていました。
見たことのない電話ばかり。
日本電気や沖電気などの国産で、すべて日本国内で使われていたものばかり。


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電話コレクターは電話だけでなく、
電電公社の備品なども集めているのですが、もっとも驚いたのは電話帳でした。
まもなく終戦記念日。
終戦から7か月後の昭和21年3月に電話帳が発行されていました。
空襲で焼け野原になった東京で、すぐに電話を復活させ、
しかも電話帳も発行したとは。
終戦直後の東京をテレビドラマなどで観るし、
主人公が電話を使うシーンも登場します。
けれど、主人公が電話帳をめくるシーンは観たことがありません。
だからかもしれませんが、電話帳の存在をまったく気に留めませんでした。


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写真中央が昭和21年3月に発行された電話帳(電話番号は昭和20年11月現在)で
168ページ。
ちなみに右の電話帳は昭和15年8月発行、左は昭和25年発行。
薄っぺらい電話帳だけど、焼け野原を歩き回り、
電話を持っている家や住所を確認し、
電話帳を発行したのはかなり大変だったと思います。
けれど、「俺たちがやらずに誰がやるんだ」
と思いに突き動かされたに違いない。
終戦記念日がやってくる8月に、偶然にも、
この電話帳を紹介できたことを嬉しく思っています。

撮影/藤田修平

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